少子化の原因は母親の意識のせい!?

 

こんにちは!maruです。

突然ですが!!私達、働くママって、一日に何役もこなしていて、本当に凄いなって思いませんか!?(自画自賛)。

妻であり母親であり嫁であり、そして社会人である。当たり前に仕事をこなし家事をして子育てをしている。なんて素晴らしいんだ!!

でも、そんな終わることのない(いつかは終わるけど)いろんな役割を果たす以前に、1人の女性だし、1人の人間なんだけどな、と最近特に思います。

少子化は女性の側だけの問題!?

というのも、最近こういう言葉を見かけたからなんです。

今の少子化の原因は、、(途中略)、、女性が子供を産みにくいからではない。自分の働いたお金が子供の授業料に使われるのが幸せと感じる人々がいなくなったからである

これは心理学者の加藤諦三さんの言葉なのですが、、、

あなたはこの言葉、どう思います!?

私は、前から加藤さんの言葉が結構好き。結構ぐさって来るものが多くて1人でうなずいたり感心したりする名言も多いのです。

例えば、「無条件の愛を求める自分から、他人を愛せる自分に脱皮していくのが大人への辛くて長い道のりである」、

不幸になる人というのは自分が不幸になるように行動している」とかね。

これらの言葉って、幸せって人からもらうのじゃなくて、いかに自分から行動するか、という事なんですよね。

極端に解釈すると、「自分を幸せに出来るのは自分だけなんだよ、」と教えられたような気がしました。

しかし、先ほどの言葉です。

母親の精神的負担は昔よりも増えている

もちろん、長い文章の中の一節を切り取っただけなので前後関係も分からないし、こういう前置きで後から違う意見を述べている可能性もあります。

でもね、、今の母親の精神的負担って昔よりも更に大きくなっているんじゃないかな、って思うのです。

もちろん核家族とかで、身近に子供を預かってくれる人がいなかったり、遠い保育園まで送り迎えするだけでも大変。

しかも、今は「とにかく親の愛情」「とにかくほめて育てよう」「子供の頭の良しあしは親の責任」なんて言葉が大きく1人歩きしているような気がするんです。

確かに昔の沢山子供を産んだ母親ってすごいし、本当に立派だと思います。

でも、今のように1人の子供に十分な愛情をかけましょう、子供の成績は母親次第、良い点を見つけてほめましょうなんて風潮があったらやってられないんじゃないかなあ、とも思うのです。

毎日お疲れさま

先日も書きましたが、病気がちで手のかかる(でも一番優しいけど)子供が1人いると、その子に付きっ切りになってしまいます。

仕事を猛烈な勢いで終わらせて、子供の学校帰りに拾って、病院へ通い、その帰りにお買い物して、帰ったらお風呂を沸かして洗濯物を畳んで夕飯を作って、食べて、薬を飲ませて、、、、この時点でくたくた。

そのあと食器を洗ってお風呂に入れて自分も洗って、子供の勉強を見てやる。

それでも毎日失敗が多くて、子供の勉強を見るのが面倒になったり、洗濯物を畳まなかったり、、、

でも、協力的な夫がいない場合、これ全て母親の仕事、、てか、母親がやって当たり前と思われている。

こんな環境の中で、どうやって3人も4人も子供を産もうと思えるのでしょうか。

核家族で、確かに煩わしい嫁姑問題や大家族にありがちなしがらみは無くなったかもしれないけど、その分余計な負担が増えたのも事実なんですよね。自分しか子供を守れないという、責任が常にあるような気がします。

こうなったのも誰が悪いわけじゃなく、環境とか時代とかタイミングとか、婚期が遅くなったとか、色々理由はあると思います。

でも、授業料を払うのが惜しいから子供を産まなくなったというのはちょっと、、、いくら何でも悲しいわね。

お金がかかるから少子化なの!?

そりゃあ、私学の学校に入れるならともかく、公立の学校で済むなら、そんなにお金もかかりません。

勉強しないこども

毎日イライラすることも多いですよね、、

塾とか家庭教師とか、あらゆることを試した私ですが、最終的には安いネットの塾でおちつきました。

たしかに、少子化は女性が母親になった後も女性でいたいと思うようになったこともあるかもしれません。

でも、それが人の長い歴史の中でやっとつかみ取った、女性の自由なんじゃないかしら、、、自由だからこその責任というものもありますけどね。

今回は、加藤さんの言葉に考え込んでしまいました。ただし、良く見てみると批判はしていないんですよね。

加藤さんが、加藤さんの目で客観的に見た現代の女性なんだな、それが、人としての自立を説いている方から見た母親なんだな、と思いました。

少子化についての言葉はちょっと引っ掛かりましたが、基本的には加藤さんの言葉は大好きです。

はっと気づかされることが多いのですが、この言葉で私は救われたことがあります。

イヤミをいうことは怒りの間接的表現だから、いくらイヤミを言い続けてもスッキリとしない。イヤミは怒りと甘えの混在だからくどい。

私は嫌われたくない一心で、普段ズバッと言ったり喧嘩とかを避けがち、その代わりイヤミを言っちゃう時があって。

自分でもすごく嫌だったのですが、この言葉で「そうか、私は怒っていたんだなあ、、」と気づき、ちゃんと言葉にして言うようにしたんです。

その場ではイヤな空気が流れたとしても、心がスッキリするし、相手も気が付く(イヤミだと気が付かないのよね)ので、ずいぶん楽になりました。

働くママは偉いんだぞ!

何度も言いますが、働きながらの子育てって本当にしんどいです。

普通に上手くいく方が珍しく、何かと手間がかかるし合理的にいきません。

でも、いつかは終わる。

何だか心がしんどくて、自分が可哀想になったとき。私は、何て私は偉いんだ!!と自分をほめるようにしています。

私も頑張っているし、あなたも偉い!!お互い頑張りましょう!!

 

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